「主要国の近代政治史の流れを理解したい」
「東大世界史第1問ではリード文・指定語句・資料からどのようなヒントを読み取ればいいのか知りたい」
「知識や情報を20行以内にまとめる方法を知りたい」
東京大学は2023年度入試の世界史第1問で、
1770年前後から1920年前後までの約150年間のにヨーロッパ、南北アメリカ、東アジアにおいて諸国で政治の仕組みがどのように変わったか・どのような政体の独立国が誕生したかを20行(≒600字)以内で記述させる問題を出題しました。
言及したい国の数が多いので、全体では600字あっても1国に割いていい文字数は少ないです。
したがって、問われていることと無関係のことを書いている余裕はありません。
この問題で高得点をとるためには主要国の近代政治史に関する知識が必要です。
それと同じくらいリード文・指定語句・地図から「何を書くことを求められているのか」を正確に読み取り、それを答案に反映させることが重要です。
この記事を読むと、以下のようなことが分かります。
- 1770年前後から1920年前後までのヨーロッパ、南北アメリカ、東アジアの政治体制の変化
- リード文・指定語句・地図から情報を読み取る際の思考回路
- 膨大な情報を一定の文字数にまとめる際の文字数調整の方法
東大世界史第1問などの大論述問題の対策に役に立つ記事ですので、是非最後までご覧ください!
構想
リード文
東大世界史2023第1問では、13行のリード文が与えられています。
まずはこれを読み解いていきましょう。
第1段落
第1段落からは、この問題では以下のような出来事に注目すべきであることが分かります。
- 植民地が独立して国家をつくった
- 一つの国の分裂・解体で新しい独立国が生まれた
- 独立国において革命によって政体が変わった
- 憲法・議会・国民の参政権に関する変化
特定の国の政治史について答案に何を書くか、何を書かないかの判断の指針になりそうです。
第2段落
第2段落には、第1段落よりもっと具体的な指示が書いてあります。
時期
1770年前後から1920年前後までの約150年間、という時期の指定があります。
「前後」が許容する範囲は曖昧ですが、「数年の誤差は許容される」と考えておくとよいと思います。
1760年の出来事や1930年の出来事を書くのはアウトでしょう。
これは、指定語句の1つである「選挙法改正」の注釈に「4度にわたる選挙法改正」とあることからも分かります。
イギリスは1929年に第5回選挙法改正を行っています。
「4度」ということは、この5回目の選挙法改正がカウントされていません。
1929年の出来事はカウントしない=1920年前後に1929年は含まない
ということからも分かります。
1929年がアウトということは、「四捨五入して1920年になる=プラスマイナス5年くらい」が許容範囲だと考えられます。
地域
ヨーロッパ、南北アメリカ、東アジアという地域の指定があります。
上記以外の地域の国(例:インド、エジプト)について書かないよう気をつけましょう。
何を書くのか
以下の2点について書くよう指定されます。
- 諸国で政治の仕組みがどのように変わったか
- どのような政体の独立国が誕生したか
政治の仕組みが変わるイベントとして、第1段落で言及されている「独立・革命・憲法制定・議会の開設や権限変更・国民の参政権に関する変更」に注目すべきことがわかります。
リード文まとめ
以上から、リード文に書いてあることをまとめることで、
1770年前後から1920年前後までの約150年間の
ヨーロッパ、南北アメリカ、東アジアにおける
政治の仕組みの変化(独立・革命・憲法制定・議会の開設や権限変更・国民の参政権に関する変更など)
を書くと点数がもらえることが分かります。
それ以外のことを書いても点数がもらえない可能性が極めて高いです。
指定語句
リード文から読み取った設問条件を踏まえ、指定語句の使い道を考えていきましょう。
アメリカ独立革命
- 時期:18世紀後半
- 国:アメリカ合衆国
- 内容:アメリカがイギリスから独立した。
リード文第1段落の「植民地が独立して国家をつくった」の例となります。
また、第2段落に「どのような政体の独立国が誕生したか」とありますので「アメリカ合衆国は共和政であること」への言及は絶対に必要です。
ヴェルサイユ体制
- 時期:20世紀前半
- 国:東欧の国々
- 内容:民族自決の原則の下で独立国が生まれた
リード文第1段落の「一つの国の分裂や解体によって新しい独立国が生まれた」の例となります。
第一次世界大戦の敗戦国であるドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国が解体されたことから多くの独立国が誕生します。
また、第2段落に「どのような政体の独立国が誕生したか」とありますので各独立国の政体へ言及したいところですがすべての独立国を挙げ、かつそれらの政体を書くことは字数的に厳しそうだと考えます。
光緒新政
- 時期:20世紀始め
- 国:清
- 内容:憲法大綱を発表し、国会開設を公約した
リード文第1段落の「憲法、議会」に関する例となります。
政体に注目させている問題ですので、「立憲君主政を目指した」と書いておくことが必要でしょう。
また、光緒新政といえば「科挙の廃止」「新軍の編成による軍隊の近代化」が有名であり重要ですが今回はこれらについては書いてはいけないです。
シモン=ボリバル
- 時期:19世紀初め
- 国:ラテンアメリカ地域の各国
- 内容:独立運動を指導し、ラテンアメリカ諸国の独立を実現した。
リード文第1段落の「植民地が独立して国家をつくった」の例となります。
また、第2段落に「どのような政体の独立国が誕生したか」とありますので、地図を参考にして「共和政」への言及は絶対に必要です。
選挙法改正
- 時期:19世紀前半~20世紀前半にかけて4回
- 国:イギリス
- 内容:選挙権を拡大し、男性普通選挙を実現するとともに一部の女性にも選挙権を認めた。
リード文第1段落の「国民の政治参加」に関する例となります。
大日本帝国憲法
- 時期:19世紀末
- 国:日本(大日本帝国)
- 内容:天皇の権限の強い憲法を制定した
リード文第1段落の「憲法」に関する例となります。
政体に注目させている問題ですので、「立憲君主政」(立憲君主制)と書いておくことが必要でしょう。
また、この指定語句は「ドイツ帝国憲法では皇帝の権限が強かった」を誘導する役割も果たしています。
なぜならば、「皇帝の権限が強いドイツの憲法を参考にしてできたのが大日本帝国憲法だ」ということが中学の歴史の教科書に書いてあるからです。
(ドイツ帝国の)帝国議会
- 時期:19世紀後半
- 国:ドイツ帝国
- 内容:ドイツ帝国は男性普通選挙を実施し、帝国議会を設置した
リード文第1段落の「議会」に関する例となります。
政体に注目させている問題ですので、「立憲君主政」(立憲君主制)と書いておくことが必要でしょう。
(フランス)二月革命
- 時期:19世紀中頃
- 国:フランス
- 内容:七月王政を打倒し、第二共和政を樹立して四月普通選挙を実施した。
リード文第1段落の「革命によって政体が変わる」の例となります。
フランスでは、二月革命前後にめまぐるしく政体が変わっています。
したがって、政体以外のことに言及する余裕は基本的にはなさそうです。
政体がめまぐるしく変わるなかで、なぜ東大は「二月革命」を指定語句にして目立たせたのでしょうか。
それはおそらく、この問題において「二月革命」だけは特別なイベントであるつまり政体以外に言及すべきことがあるというヒントではないでしょうか。
二月革命の直後に四月普通選挙が実施されています。
普通選挙の実施は国民の政治参加に関連しますので、今回の問題では重要な論点です。
二月革命に関しては政体の変化だけでなくこの点も書いてね、というヒントを出すための「二月革命」の指定語句だと思います。
指定語句まとめ
指定語句に関わる国は、アメリカ合衆国・ラテンアメリカ各国・イギリス・フランス・ドイツ・東欧とバルカン半島の国々・日本・清です。
これらの地域だけで8箇所あります。
600÷8=75
ですから、1箇所あたり75字しか割いてはいけません。
まして、指定語句で指定されていない国で言及が明らかに必須な国もあります。(ロシア⇒ソ連など)
それぞれの国に関する説明をいかに短くするかが重要な問題であることが分かります。
地図Ⅰ・Ⅱ
与えられている2つの地図を比べると、1815年頃から1914年頃にかけての政治の変化を読み取ることが出来ます。
アメリカ・カナダ
- カナダが君主政の独立国になっている
中南米
- 共和政の独立国が多数成立している
- 成文憲法を制定している
欧州
- フランスが共和政になった
- イギリスが成文憲法を制定していない
- ドイツ・イタリアが統一を達成している(国の数が減っている)⇒今回の内容ではなさそう
- 1914年でも君主政の国が多い
- バルカン半島に独立国が増えている(代表例はギリシャ)
- ポルトガルが共和政になった
東アジア
- 中国が共和政になった(清が中華民国になった)
- 中国で共和国が成立したが、憲法は発布されていない
- 日本が憲法を制定した
- 朝鮮半島が独立国から植民地になった(これは今回の問題で問われている内容ではない)
以上を読み取ることが出来ます。
講義
1770年前後から1920年前後にかけてのヨーロッパ、南北アメリカ、東アジアにおける政治の変化(独立・革命・憲法制定・議会の開設や権限変更・国民の参政権に関する変更など)について国ごとに解説します。
時期について「1770年前後から」という指定があり、指定語句にも「アメリカ独立革命」という1775年にはじまったイベントがありますのでアメリカから解説します。
また、(参考)は今回のテーマとの関連性はありますが知識の重要性や細かい設問要求との関連性、字数の都合などで答案には書かない内容を示しています。
南北アメリカ
アメリカ合衆国
18世紀後半:アメリカ独立革命
アメリカ合衆国がイギリスから独立して発足し、アメリカ合衆国憲法を制定します。
アメリカ合衆国憲法は、共和政、人民主権、連邦主義、三権分立を特色とする世界初の近代的成文憲法です。
19世紀前半:ジャクソニアン=デモクラシー
西武開拓民出身のジャクソン大統領が就任すると、民主化を実行します。
具体的には、白人男性普通選挙制と二大政党制を確立します。
20世紀前半:女性参政権の実現
第一次世界大戦という総力戦をきっかけに女性の社会進出が促進されたことを背景として女性の参政権が実現します。
カナダ
19世紀半ば:自治領カナダ連邦の成立
イギリス本国議会から承認を得て、カナダ連邦が成立し自治権を獲得します。
(自治領は厳密な意味での独立国ではないので、今回の答案には書きません。)
ラテンアメリカ
19世紀前半:ラテンアメリカ各国の独立
19世紀前半にラテンアメリカで独立国が多く誕生した背景は以下の4つです。
- アメリカ合衆国の独立
- フランス革命
- ナポレオンの占領による宗主国の混乱
- ラテンアメリカの市場化を企図したイギリスの支援
クリオーリョを中心とした独立運動
クリオーリョ(現地生まれの白人)が独立運動を指導しました。
- シモン=ボリバル:コロンビア、ベネズエラ、エクアドル、ボリビア、ペルーの独立に関わった。
- サン=マルティン:アルゼンチン、ペルー、チリの独立に関わった。
- イダルゴ:メキシコの独立運動を指導した。
独立後のラテンアメリカ政治
軍人による独裁政権が各国で成立しました。(地図Ⅱより、独裁政治ではあるが憲法は制定したと判断できる。)
クリオーリョが先住民や黒人等を支配する体制が継続しました。
20世紀前半:メキシコ革命
メキシコでマデロが呼びかけてメキシコ革命が始まります。
軍の独裁政権が打倒され、民主的な憲法が制定されました。
ヨーロッパ
フランス
18世紀終盤:フランス革命
今回の設問内容に沿ってフランス革命の出来事を整理すると以下のようになります。
- 国民議会が1791年憲法を制定
- それにより立憲君主政となる
- 選挙で議員を選出して立法議会が成立
- 立法議会が王権を停止して第一共和政が成立
- 男性普通選挙により国民公会が成立⇒1793年憲法に男性普通選挙を明記する
- 1795年憲法により制限選挙が復活する
19世紀初め:帝政(皇帝ナポレオンの時代)
ナポレオンが国民投票により皇帝に即位し、政治体制が第一帝政となります。
19世紀前半:復古王政
ナポレオンの退位により、ルイ16世の弟・ルイ18世がフランスに帰国して王に即位します。
19世紀前半:七月王政
絶対王政を復活させたシャルル10世が七月革命によって退位し、オルレアン家のルイ=フィリップが王に即位して七月王政が成立しました。
19世紀中頃:第二共和政
選挙法改正運動への弾圧をきっかけにおきた二月革命により第二共和政が成立しました。
その結果、男性普通選挙が実現しました。
二月革命の4年後:第二帝政
国民投票によりナポレオン3世が皇帝に即位し、独裁体制である第二帝政が成立しました。
19世紀後半:第三共和政
ナポレオン3世が普仏戦争に敗れ退位すると、パリ=コミューンを鎮圧したティエールを中心として第三共和政が成立しました。
第三共和政で成立した第三共和政憲法は三権分立・二院制・大統領制を規定しました。
その後、フランスでは共和政が定着することとなります。
イギリス
1770年以前
17世紀中頃のイギリス革命や17世紀終盤の名誉革命を経て、イギリスでは議会が政治の主導権を握ることになります。
名誉革命の直後に権利の章典を制定して立憲王政(立憲君主政)の基礎を固めます。
権利の章典はあくまで法律であり、憲法ではありません。
イギリスには成文憲法を持たないという特徴があります。
その後イギリスでは政党政治が盛んになり、18世紀前半にホイッグ党のウォルポール内閣から責任内閣制という「議会に対して責任を負う内閣が行政を担当する」制度が始まります。
現在の日本の政治でもおなじみの、議会が立法を担当し内閣が行政を担当するという国家の仕組みが出来上がるわけです。
王に政治的実権はなく、「君臨すれども統治せず」という立場をとります。
19世紀前半:第1回選挙法改正
第1回選挙法改正の目的は、産業革命による社会の変化を選挙制度に反映させることです。
内容は以下のとおりです。
①都市への人口移動により人口が激減したにもかかわらず議員の定数が従来のままだった選挙区(腐敗選挙区)を廃止して人口が増加した新興商工業都市に議席を割り当てる
②産業資本家が選挙権を獲得する(産業資本家≒企業経営者と考えればOKです。)
19世紀後半:第2回選挙法改正
都市の労働者が選挙権を獲得しました。
19世紀後半:第3回選挙法改正
農村労働者が選挙権を獲得しました。
20世紀前半:第4回選挙法改正
男性普通選挙が実現し、一部の女性も参政権を獲得しました。
この背景には、第一次世界大戦が総力戦となり女性が軍需工場などに動員されて女性の社会進出が促されたことがあります。
(参考)1928年:第5回選挙法改正
女性の普通選挙も実現し、参政権における男女平等が実現します。
今回の設問では、指定語句「選挙法改正」に対して「4度にわたる選挙法改正」という注釈がついていますので第5回は論述対象外とします。
ドイツ
19世紀中頃:プロイセンが欽定憲法を発布
ドイツ帝国の前身であるプロイセン王国において、国王が欽定憲法を発布して立憲君主制に移行します。
プロイセン欽定憲法は、国王の権力が強いことが特徴の憲法です。
19世紀中頃:北ドイツ連邦の成立
普墺戦争後にプロイセンを盟主として成立した北ドイツ連邦において、男性普通選挙による連邦議会が成立します。
19世紀後半:ドイツ帝国の成立
プロイセン国王・ヴィルヘルム1世が連邦制のドイツ帝国皇帝に即位します。
男性普通選挙により選出される帝国議会が成立しますが、その権限は弱いものでした。
行政を担当する宰相は皇帝にのみ責任を負う外見上の立憲政であり、イギリスの政治体制と比較して「責任内閣制ではなかった」と表現されます。
20世紀前半:ドイツ革命
第一次世界大戦に敗戦目前の状況で、ドイツ革命によりヴァイマル共和国(ワイマール共和国)が成立します。
ヴァイマル共和国のヴァイマル憲法では、人民主権や男女普通選挙が規定されていました。
オーストリア
ヴェルサイユ体制下でのオーストリア
第一次世界大戦での敗戦によりオーストリア=ハンガリー帝国が解体され、オーストリアは共和政の国となりました。
(参考)オランダ
フランス革命の影響
オランダでは、フランス革命の影響でバタヴィア共和国が成立し、その後ナポレオンがバタヴィア共和国を打倒して弟を国王とするオランダ王国を建国させました。
ウィーン体制~現在
ウィーン体制下においてオランダ立憲王国が成立し、ベルギーの独立を機にオランダ王国となり現在まで続いています。
(参考)ベルギー
19世紀前半、ウィーン体制成立の15年後にベルギー王国がオランダ立憲王国から独立しました。(ベルギーはオランダの植民地ではないため、今回の設問では答案に書きません。)
ベルギー王国は立憲君主政であり、現在まで続いています。
(参考)スペイン
ウイーン体制下で成立したブルボン朝に対しスペイン立憲革命がおきましたがフランスの介入により挫折しました。
その後、19世紀半ばに憲法を制定し、男子普通選挙を導入して立憲王政が成立しました。
(参考)ポルトガル
1910年に革命がおきて立憲王政が崩壊し、共和政となりました。
東欧・バルカン半島
19世紀前半のギリシア独立戦争
オスマン帝国とのギリシア独立戦争を経て王国が成立します。
ギリシアでは、その後1924年に国民投票によって王政が廃止され共和政となりました。
19世紀後半の露土戦争後のサン=ステファノ条約
ルーマニア、セルビア、モンテネグロがオスマン帝国から独立します。
20世紀初頭の青年トルコ革命
1908年の青年トルコ革命によりオスマン帝国が混乱すると、ブルガリア王国がオスマン帝国から独立します。
ヴェルサイユ体制下での独立
ヴェルサイユ体制では東欧の諸民族が民族自決の原則に基づいて独立しました。
具体的には、ポーランド共和国、チェコスロヴァキア共和国、ハンガリー王国が成立しました。
その背景には、第一次世界大戦前後にロシア帝国、ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国といったが東欧に領土を有していた帝国が消滅したことがあります。
ロシア
20世紀初め:第一次ロシア革命
日露戦争中におきた血の日曜日事件をきっかけとして第一次ロシア革命がおきます。
この皇帝専制政治打倒を目指す運動を沈静化するために、ニコライ2世は十月宣言を出して国会開設、憲法制定を約束します。
その後、ウィッテ首相のもとでそれらが実現されますが後任のストルイピンは専制政治へ回帰する反動政治を行います。
20世紀前半:ロシア革命
ロシア革命とは、以下の2つを指します。
①ロマノフ朝による帝政を崩壊させた二月革命
②社会主義共和政のソ連を成立させた十月革命
成立したソ連では、憲法は制定されましたが共産党の一党独裁体制が成立しました。
東アジア
中国
18世紀末~:清朝の弱体化
清朝では皇帝による専制政治が続いていましたが、以下のような理由で弱体化していきます。
- 白蓮教徒の乱
- 三角貿易の確立(貿易赤字による銀の流出)
- アヘン戦争とそれをきっかけとする列強の進出
- 太平天国の乱
(参考)19世紀半ば:洋務運動
洋務運動とは、ヨーロッパ近代文化や軍事技術の導入による富国強兵運動のことです。
中国の道徳倫理と皇帝による専制政治を維持したまま西洋の技術を導入する「中体西用」の考えがあったため、政治・社会の改革につながらない中途半端な改革にとどまります。
(参考)19世紀末:変法
清仏戦争や日清戦争での敗北により、改革の必要性を感じた光緒帝が改革を試みます。
これは、西太后による戊戌の政変を起こして弾圧され失敗に終わります。
20世紀初め:光緒新政
変法を弾圧した西太后でしたが、義和団事件のあと改革の必要性を実感して光緒新政を宣言します。
光緒新政の主な内容は以下のとおりです。
- 科挙の廃止
- 新軍の設置(西洋式の軍隊を編成)
- 憲法の制定と国会の開設を約束する
- 責任内閣制の実施
しかし、これまで様々な改革に失敗した清にとって光緒新政は「もはや手遅れ」であり民衆の支持を得ることはできませんでした。
したがって、憲法の制定や国会の開設を実現することなく清朝は滅亡します。
20世紀初め:辛亥革命
辛亥革命により共和政の中華民国が発足します。
(地図Ⅱから、憲法を制定しなかったことが分かります。)
日本
19世紀後半:明治政府の成立
君主政である江戸幕府に代わって明治政府が成立し、明治維新を推進して西洋の制度や技術の導入を進めます。
19世紀末:大日本帝国憲法の制定
天皇の権限が強い大日本帝国憲法を制定して立憲君主政となります。
国会を開設して制限選挙を実施します。
1925年:普通選挙法
1925年の普通選挙法で男性普通選挙が実現します。
※1925年が「1920年前後」に入るか入らないかの判断は難しいですね。
私は、東アジアにおいて「改革が上手くいった日本」と「改革が上手くいかなかった清朝」とを対比する構図を強めるために入れたほうがよいと判断しました。
答案作成
字数を気にせず書いてみる
「字数を気にせず書いてみる」とは言ったものの、この問題で字数をまったく気にせずに書いてしまうと文字数がおそらく2000文字くらいになってしまうと思います。
ですので、最初から字数が多くなりすぎないように気をつけて書くようにします。
具体的には、以下のことを意識します。
- 失敗した、あるいは極端に短命に終わった革命には言及しない(指定語句になっているものは除く)
- 設問要求を厳密に適用し、当てはまらないと思われるものは書かない
- マニアックな知識は、設問要求を満たしていても書かない(例:ポルトガルの革命)
- 長ったらしい固有名詞は書くのを控えて代用表現とする(例:ヴァイマル共和国が成立した⇒共和政となった)
- 政治の仕組みを答える際、例えば「共和政+独裁政治」だと冗長なので「独裁政治」のみへの言及にする
アメリカ独立革命でアメリカ合衆国がイギリスから独立し、共和政、人民主権を特徴とする憲法を制定した。
その後ジャクソン大統領が白人男性普通選挙を、第一次世界大戦後に女性の参政権を実現した。
ラテンアメリカではシモン=ボリバルらの指導により独立国が多く誕生した。
多くが共和政で憲法を制定したが軍事独裁政権であり、少数のクリオーリョが支配する体制となった。
メキシコではメキシコ革命により独裁政権が打倒され民主的な憲法が制定された。
フランスではフランス革命以降憲法を制定して王政から立憲君主制、共和政、帝政など政体が変わった。
二月革命で第二共和政が成立し男性普通選挙が実現した。
共和政が定着した。
イギリスでは以前から立憲王政と責任内閣制が定着しており、成文憲法がないままで近代的な政治が行われた。
その後選挙法改正で有権者の範囲が広がり男性普通選挙と女性の参政権が実現した。
ドイツでは連邦制のドイツ帝国は男性普通選挙による帝国議会があったが権限が弱く立憲君主政ではあったが皇帝の権限の強い帝政であり責任内閣制ではなかった。
その後ドイツ革命で共和政となり人民主権や男女普通選挙を規定した憲法が成立した。
バルカン半島ではオスマン帝国の弱体化により王国が独立を達成し、東欧ではヴェルサイユ体制下の東欧で民族自決により共和政の国が多く成立した。
ロシアでは第一次ロシア革命の後憲法制定と国会開設が実現するが皇帝専制政治が続き、ロシア革命で帝政が崩壊し社会主義共和政が成立し共産党の一党独裁となった。
中国では帝政の清朝が光緒新政で責任内閣制を実施し憲法制定と国会開設を約し立憲君主制を目指したが辛亥革命により共和政の中華民国と交代した。
憲法の制定はなかった。
日本では君主政の江戸幕府を打倒した明治政府が大日本帝国憲法や国会開設を実現しその後男性普通選挙を実現した。
責任内閣制ではなかった。
字数を切り詰めたつもりですが、781字となってしまいました。
ここから180字ほど削る必要があります。
なお、あまりにも読みづらくなったので1文ごとに改行しました。
あなたが論述を書く際は改行しないようにしてくださいね。
字数調整
アメリカ独立革命でアメリカ合衆米国がイギリスから独立し、共和政、人民主権を特徴とするの憲法を制定した。
その後ジャクソン大統領が白人男性普通選挙を、第一次世界大戦後にや女性の参政権を実現した。ラテンアメリカ中南米ではシモン=ボリバルらの指導によりで独立国が多く誕生した。
多くが共和政で憲法を制定したが軍事独裁政権であった。り、少数のクリオーリョが支配する体制となった。
メキシコではメキシコ革命により独裁政権が打倒され民主的な憲法が制定された。
フランスではフランス革命以降憲法を制定して王政から立憲君主制、共和政、帝政など政体が変わった。
二月革命で第二共和政が成立し男性普通選挙が実現した。
共和政が定着した。
イギリスでは以前から立憲王政と責任内閣制が定着しており、成文憲法がないままで近代的な政治が行われはなかった。その後選挙法改正で有権者の範囲が広がり男性普通選挙と女性の参政権が実現した。ドイツでは連邦制のドイツ帝国は男性普通選挙による帝国議会があったがの権限がは弱く立憲君主政ではあったが皇帝の権限のが強い帝政であり責任内閣制ではなかかった。
その後ドイツ革命で共和政となり人民主権や男女普通選挙を規定したの憲法が成立した。
バルカン半島ではオスマン帝国の弱体化により王国が独立を達成し、東欧ではヴェルサイユ体制下の東欧で民族自決により共和政の国が多く成立した。
ロシアでは第一次ロシア革命の後憲法制定と国会開設が実現するが皇帝専制政治が続き、ロシア革命で帝政が崩壊し社会主義共和政が成立し共産党の一党独裁となった。
中国では清朝が光緒新政で責任内閣制を実施し憲法制定と国会開設を約したが辛亥革命により共和政の中華民国と交代した。
憲法の制定はなかった。
日本では君主政の江戸幕府を打倒した明治政府が大日本帝国憲法や国会開設を実現しその後男性普通選挙を実現した。
責任内閣制ではなかった。
602字です。600字をオーバーしていますが、20行以内に収めるという観点からは問題ない字数だと思います。
こちらも、読みやすさ・字数調整前後の比較のしやすさの観点から1文ごとに改行しています。
ご注意ください。
解答例・まとめ
今回の解答例は
アメリカ独立革命で米国が独立し、共和政、人民主権の憲法を制定した。その後白人男性普通選挙や女性参政権を実現した。中南米ではシモン=ボリバルらの指導で独立国が多く誕生した。多くが憲法を制定したが軍事独裁政権であった。メキシコでは革命により独裁政権が倒され民主的な憲法が制定された。フランスでは革命以降憲法を制定して王政から立憲君主制、共和政、帝政など政体が変わった。二月革命で第二共和政が成立し男性普通選挙が実現した。共和政が定着した。イギリスでは立憲王政と責任内閣制が定着し、成文憲法はなかった。選挙法改正で男性普通選挙と女性参政権が実現した。連邦制のドイツ帝国は男性普通選挙による帝国議会の権限は弱く皇帝の権限が強かった。その後革命で共和政となり人民主権や男女普通選挙を規定した憲法が成立した。バルカン半島ではオスマン帝国の弱体化により王国が、東欧ではヴェルサイユ体制下で民族自決により共和政の国が多く成立した。ロシアでは第一次ロシア革命の後憲法制定と国会開設が実現するが革命で帝政が崩壊し社会主義共和政が成立し共産党の一党独裁となった。中国では清朝が光緒新政で責任内閣制を実施し憲法制定と国会開設を約したが辛亥革命により共和政の中華民国と交代した。憲法の制定はなかった。日本では君主政の江戸幕府を打倒した明治政府が大日本帝国憲法や国会開設を実現しその後男性普通選挙を実現した。責任内閣制ではなかった。
とします。
こちらは最終的な解答例なので改行しませんでした。
東大世界史2023世界史解説記事リンク一覧
・第1問 この記事です。
・第2問問1(b)https://ronjyutu-taisaku.com/2023-2-1-b/
・第2問問2(b)https://ronjyutu-taisaku.com/todai-w-2023-2-2-b/
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・第2問問3(b)https://ronjyutu-taisaku.com/todai-w-2023-2-3-b/