2023年の東大地理第2問設問B(3)では、「中国で2003年からの17年間に小麦の生産量が約55%増加した政策的な背景」を、「食料安全保障」「肉類消費」の2語を用いて2行(≒60文字)で説明する問題が出題されました。
この記事では、以下のポイントについて詳しく解説します。
- 中国農業の課題
- ①農産物の国際競争力が低い
- ②食料自給率低下と食料安全保障
この記事を通じて現在の中国の農業が抱えている課題を整理しておきましょう。
講義:中国農業の課題
1:農産物の国際競争力の低さ
中国では、1990年代後半から食料供給への不安が高まり、農産物の価格が大幅に引き上げられました。
しかし、この価格の上昇は過剰生産を引き起こし、その後2000年以降、農産物価格の低下や食料の契約買付制度の縮小といった問題を生じさせました。
その結果、農村部の状況は厳しさを増しました。
2001年に中国がWTOに加盟したことによって外国から安価な農産物が流入するようになり、中国国内の農産物の国際競争力の低さが顕在化しました。
国際価格よりも高い価格水準である多くの中国産農産物は、輸入品との価格競争に直面しました。
このような状況は農家の収益を圧迫し、農民の所得低下が懸念されました。
中国の農家の1戸あたりの農地面積が小さいことも、農業の発展や国際競争力の強化を阻む大きな要因となっています。
小規模な農地では効率的な機械化が困難であり、生産性の向上にも限界があります。
このため、狭い土地での収穫量を増やすために多くの化学肥料が投入されて農家の費用負担が増加しました。
こうした課題を解決するために中国政府は農地の貸し借りを促進する政策を導入し、農家の経営規模の拡大を目指しました。
その結果、農地全体の3分の1以上が大規模な農業経営者に貸し出されるようになりました。しかし、小規模な農家が依然として多いため、農業だけで経済的に豊かになるのは難しい状況が続いています。
このような農業の構造的な課題は、沿海部と内陸部の経済格差を拡大させる要因にもなっています。
沿海部では農業以外の産業が発展している一方、内陸部では農業に依存する割合が高いので経済的な差が顕著となっています。
この格差の解消は中国農業の持続可能な発展に向けた重要な課題となっています。
2:食料安全保障
中国の経済成長は国民の所得を大きく向上させ、食生活の変化をもたらしました。
かつては穀物中心の食生活でしたが、西欧化の進展により野菜、果物、肉類、魚介類などの消費が急速に増加しました。
この変化は特に畜産物の消費量の伸びに顕著に表れています。
肉類や乳製品の需要が増えた結果、家畜の飼育頭数が増加し、それに伴ってトウモロコシや大豆といった飼料作物の需要も急増しました。
この飼料需要の拡大に対して、中国国内での生産は追いつかず輸入に依存する状況が生まれました。
特に大豆はその代表例です。
大豆は食用油の原料として利用されるだけでなくしぼりかすが家畜飼料として重要であるため、中国にとって必要不可欠な作物です。
国内生産では大豆の供給が需要に追いつかないため、1990年代後半以降に大豆の輸入が急増しました。
現在、中国は世界の大豆輸入量の約6割を占めています。
主にブラジルやアメリカ合衆国からの輸入です。
また、トウモロコシも飼料作物として重要性が増し、その栽培面積が国内で急速に拡大しました。
しかし、増大する需要を完全に満たすには至らず、トウモロコシの輸入も増加しました。
このように、畜産の拡大が飼料需要を押し上げて飼料作物の輸入量増加をもたらし、穀物自給率の低下を引き起こしました。
この状況を受けて、中国政府は食料安全保障の強化を優先課題としました。
国内の主要穀物である小麦やトウモロコシの自給率を回復させるため、政策的に生産の奨励に踏み切りました。
これは、輸入依存度の高まりによる国際市場の価格変動リスクや輸出国との外交関係が悪化した場合に供給が不安定になるといったリスクに対応するための戦略です。
特に小麦の生産増加が重要視され、政府の支援を受けて国内生産が大幅に拡大しました。
解答例
肉類消費の増加で飼料用穀物輸入が増えて食料自給率が低下したため、政府が食料安全保障の観点から小麦の国内生産を奨励した。
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